大津家庭裁判所 昭和41年(少イ)12号 判決 1967年2月06日
被告人 瀬川みね
大西みさ
主文
被告人瀬川みねを科料九〇〇円に処する。
右科料を完納することができないときは金四五〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。
被告人大西みさは無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人瀬川みねは大津市長等二丁目一番五号において飲食店「ぼん」を経営し、その業態上酒類を販売しているもの、被告人大西みさは同店店員をしているものであるが、被告人大西みさは被告人瀬川みねの営業に関し昭和四一年六月二〇日午後七時ころ同店において客である○砂○子(昭和二四年一二月一八日生)および○藤○子(昭和二四年二月九日生)が未成年であり、かつ同人らが飲用するものであることを知りながら同人らに対しビール八本位を供与したものである。
(証拠の標目)(編省略)
ところで被告人大西みさの所為について考える。
前示の各証拠を総合すると、前示罪となるべき事実中にある飲食店「ぼん」は単に名義上のみでなく、実際上も被告人瀬川みねが営業者であること、従つて被告人大西みさは右飲食店の一従業者に過ぎないこと、そして一従業者に過ぎない右大西みさが前示罪となるべき事実中の所為をなしたことの各事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。
そして未成年者飲酒禁止法(以下単に飲酒禁止法とする)は業態上酒類を販売または供与する営業者が未成年者に対し酒類を販売または供与することを禁止しているものであり、即ち営業者の法禁止に対する違反行為を構成要件としている。そして同法第四条第二項において従業者の業務に関する違反行為につき営業者を処罰する所謂転嫁規定を設けて、営業者は従業者の本法違反行為に付いても責任を免れることを得ない旨を明らかにしている。即ち、同法は営業者は、自己の違反行為に付いては勿論のこと、従業者の違反行為に付いても責を負うべきことを示しているが、他方事実上の行為者である従業者はその業務に関する違反行為を以ては処罰の対象としていないものと解するのが相当である。
検察官の意見は別紙論告要旨のとおりであるが
一、検察官は風俗営業取締法の「風俗営業を営む者」、古物営業法の「古物商」、鉱業法の「鉱業権者」等を挙げ、特に物価統制令および鉱業法に関する判決を示し、これらと同じように飲酒禁止法においても従業者を処罰の対象とすると主張する如くであるが、右両判決はそれぞれ物価統制令、鉱業法所定の罰則規定に関し、行為者本人の処罰は右両法令の規定上、右両法令の規定する両罰規定の適用を俟たずして処罰し得る旨を正当に判示したものである。けだし右法令の両罰規定は行為者本人を処罰の第一対象としていることを前提として、その行為者によつて代表または代理される法人または人も責任を負うべき旨を規定しているものであるからである。
風俗営業取締法、古物営業法の両罰規定も同様に解せられる。それ故両罰規定のない飲酒禁止法に適切な判決といい難く、飲酒禁止法は両罰規定がないこそ、前示転嫁規定によつて行為者本人により代表または代理される者を処罰の対象とすることができ、この点両罰規定が行為者本人によつて代表または代理される法人または人を処罰の対象にとらえているのと軌を同じくするけれども、行為者本人を処罰の対象としているか否かの点で転嫁規定と両罰規定とは異なるのである。故に右両罰規定を有する挙示の法令の解釈を以て直ちに両罰規定がなく、却つて転嫁規定を有する飲酒禁止法の解釈を律しようとする見解には同調できない。
二、また検察官は飲酒禁止法と立法趣旨が極めて類以する未成年者喫煙禁止法(以下単に喫煙禁止法とする)においてはその第四条で犯罪の主体に制限がないことを挙げ、これと対比して、飲酒禁止法も同断であるとするものの如くである。たしかに飲酒禁止法と喫煙禁止法とは、未成年者保護法規であるという点で立法趣旨を同じくするものと見られるが、右両法の立言が異つていることは明らかで、その立言の相異は煙草の販売並に喫煙の態容と酒類の販売並に飲酒の態容の相異より来る取締方法の相異によるものと見られるから、喫煙禁止法において処罰の対象に制限ないからとて直ちに飲酒禁止法においても然りであるとする見解には左袒できない。
三、更に検察官は、飲酒禁止法第四条第二項の「………本法ニ違反………」とあることを以て、従業者にも明確に本法遵守の義務を認めていて、違反の事実行為をも処罰することを前提とした規定であると主張する。勿論右法条は従業者の法遵守義務を否定したものではないと解されるが、それだからとて従業者が処罰の対象となつているとするのは相当でなく、むしろ処罰の点は営業者に転嫁されていると見るべきである。恰も喫煙禁止法、飲酒禁止法共に、それぞれの第一条において、未成年者の喫煙、飲酒を禁止してその遵守義務を認めながら、未成年者をその行為の故に処罰の対象とはしていないのと趣を同じくしているのである。
四、以上によつて飲酒禁止法においては従業者の本法違反行為は従業者にとつては罪とならないものと構成されていると解されるので、従業者たる被告人大西みさの前示所為は被告人大西みさにとつて罪とならないから、刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡をすべきものである。
(法令の適用)
被告人瀬川みねに対し未成年者飲酒禁止法第一条第三項、第三条、第四条第二項、罰金等臨時措置法第二条第二項、刑法第一八条、被告人大西みさに対し刑事訴訟法第三三六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 坂本徳太郎)
別紙
検察官の論告要旨
本件事実関係については被告人両名とも公判廷において認めているところで関係証拠により証明十分である。
そこで被告人大西みさの刑事責任即ち未成年者飲酒禁止法における従業者処罰について述べる。
(一) 同法第一条三項には「営業者ニシテ其ノ業態上酒類ヲ販売マタハ供与スル者ハ満二〇年ニ至ラザル者ノ飲用ニ供スルコトヲ知リテ酒類ヲ販売マタハ供与スルコトヲ得ズ」と規定しており、一応表見的には営業者即ち事実上の経営者が同条項に違反したときに経営者のみを処罰するもののようにも解される。
現在の特別法の罰則の規定の態様を見るに風俗営業取締法では「風俗営業を営む者は」と、古物営業法では「古物商」と、鉱業法では「鉱業権者」等と規定しているため従業者をも含むか否か明確でない。
ところで従業員処罰は各本条に基くものか或いは両罰規定に基くものかについて
「物価統制令第三条一項に『価格等ハ其ノ統制額ヲ超エテ契約シ支払ヒマタハ受領スルコトヲ得ズ』と規定するのは自然人のみならず法人に対してもかかる行為を禁止している趣旨であること疑いなく、しかも法人についてはその行為を実際担当するのはその代表者なのであつて代表者の行為が即ち法人の行為に外ならないのであるから同条の禁止は同時にまた法人の代表者に対しても向けられていると解するのでなければ意味をなさない。してみれば被告人が法人の代表者として小麦粉を統制額を超えて買受けた行為はまさに右第三条の規定に違反したもので同令第三三条第一号の『第三条ノ規定ニ違反シタル者』という構成要件に直接該当するというべきであるから右の所為につき被告人を処罰するにあえてそのほかに同令第四〇条を適用する必要はない訳である」(東京高判昭二七・九・三〇)
「然し所謂の鉱業法一九四条はいわゆる両罰規定に関するもので同法第一九一条ないし一九三条の違反行為をした行為者本人を罰するについては刑法の原則に従い直ちに右各条項の違反として処罰すべく右一九四条の規定をまつてはじめて処罰の根拠が与えられる訳ではない」(名古屋高判昭三五・一一・七)
等の判例があり、右判例の趣旨よりして各本条の「営業者」「鉱業権者」「風俗営業者」等は単に業務主のみを対象とするものではなく、業務主の手足となつて働く従業者をも含むと解釈しなければならず、かかる解釈こそ取締の効果を高め、また少年の保護育成にも寄与するものである。従つて未成年者飲酒禁止法に謂うところの「営業者」の中にはそれらの業務に従事する凡ての人を含むと解釈すべきである。
(二) 未成年者飲酒禁止法と立法趣旨等が極めて類似する未成年者喫煙禁止法においてはその第四条で犯罪の主体に制限がないこととも対比して考慮すべきである。
(三) 未成年者飲酒禁止法第四条二項には「営業者ハ其ノ代理人、同居者、雇人、其ノ他ノ従業者ニシテ本法ニ違反シタルトキハ自己ノ指揮ニ出テサルノ故ヲ以テ処罰ヲ免レルコトヲ得ズ」とあり従業者にも明確に本法の遵守義務を認めているのであつて違反の事実行為者をも処罰することを前提とした規定と思料される。
以上の如く、被告人大西も未成年者飲酒禁止法の「営業者」の概念に含まれるものと解釈され被告人両名の刑事責任は明らかであるので相当法条適用の上、被告人両名を各科料九〇〇円に処するを相当と思料する。